インプラント治療は、外科処置の一種です。
全身的な病気によっては、インプラント治療により健康上のリスクが生じる可能性が否定できません。
インプラント治療上のリスクとなる病気の代表とも言えるのが糖尿病と心臓疾患です。
今回は、糖尿病や心臓疾患がある方がインプラント治療を受ける場合のリスクや注意点についてお話しします。
糖尿病とインプラント治療
糖尿病から解説します。
糖尿病とは
糖尿病は、インスリンというホルモン不足、もしくは作用不全により、血液中の糖分が増えてしまう病気です。
糖尿病の評価方法はいくつかありますが、そのひとつにHbA1cがあります。
HbA1cは、血液中に糖と結合したヘモグロビンがどれくらい含まれているかを測る検査です。
HbA1cは、6.0%以上になると糖尿病の疑いが強くなります。
糖尿病のインプラント治療上の問題点
糖尿病の方がインプラント治療を受ける上での問題点としては次のようなものが挙げられます。
免疫力が下がる
糖尿病になると、全身の細胞や組織が栄養不足状態になり、活動性が低下します。
免疫細胞も同じです。
免疫力が低下するので、インプラント手術を受けたところが細菌感染を起こす可能性が高まり、インプラントと骨が結合しにくくなります。
傷の治りが遅くなる
傷を治す細胞もやはり活動性が下がるので、インプラント手術を受けたところの治りも遅くなります。
低血糖になりやすい
糖尿病の方は、手術中のストレスや、麻酔が覚めるまで食事ができないことなどにより、血糖値が低くなる低血糖になることがあります。
低血糖状態が悪化すると、昏睡状態に陥ることもあります。
インプラント周囲炎になりやすい
インプラント周囲炎は、歯周病のインプラントバージョンといった感じの病気で、インプラントがダメになってしまう原因のトップに挙げられています。
糖尿病の方は、免疫力の低下からインプラント周囲炎のリスクが高く、インプラントが長持ちしなくなる可能性が高くなります。
糖尿病のインプラント治療でのリスク評価
日本歯周病学会では、歯周外科治療や抜歯などの外科処置は、手術前のHbA1cが6.9%以下であることを目安にしています。
また、日本糖尿病学会としては糖尿病の合併症を予防するためのHbA1cの目標値を7.0%未満としています。
糖尿病だとインプラント治療ができないというわけではありませんが、HbA1c8%を超えると成功率が下がります。
インプラント治療でも術前のHbA1cが7.0%未満が望ましいとされています。
心臓疾患とインプラント治療
続いて心臓疾患です。
心臓疾患とは
心臓疾患は、心臓に生じる病気です。
心臓疾患になると、心臓の働きが悪くなり、全身の細胞に酸素や栄養を届ける血液を送り出しにくくなります。
心臓疾患の種類
心臓疾患は、病態によりいくつかの種類に分類されています。
虚血性心疾患
虚血性心疾患は、心臓の冠動脈が狭まり、心臓の筋肉に血液が十分送り届けられなくなった病気です。
血液の欠乏状態により、狭心症と心筋梗塞に分けられます。
狭心症は一過性に血液不足に陥った状態、心筋梗塞は血液不足が一定期間続いて心臓の筋肉が壊死した状態です。
心不全
心臓は全身に血液を送るポンプの役割を果たしている臓器ですが、心不全は、心臓のポンプ機能がうまく機能しなくなり、身体の細胞に血液を送る能力が下がった状態です。
心不全は、高血圧症や心臓弁膜症、虚血性心疾患などが進行した結果発症する病気です。
心臓のどの部分のポンプ機能が低下したのかによって、現れる症状に差があります。
心臓弁膜症
心臓弁膜症は、心臓の僧帽弁、大動脈弁、三尖弁、肺動脈弁が単独、もしくは組み合わさって異常を示し、心臓から血液が送り出しにくくなる状態です。
心房細動
心房細動は、心臓の電気的活動がうまく機能していない状態です。
ペースメーカー
ペースメーカーは、心拍数が40回/分以下にならないよう、心臓に電気的刺激を与えて、心臓のポンプ機能を保つ装置です。
心臓疾患のインプラント治療上の問題点
心臓疾患がある方がインプラント治療を受ける上での問題点を解説します。
虚血性心疾患
虚血性心疾患のインプラント手術では、心拍数が上がらないようにすることが大切です。
不安感などの精神的ストレスや痛みなどの身体的ストレスの低減に努め、処置時間ができるだけ1時間以内に収まるようにします。
また、心電図や心拍数、血圧などをモニターし、状態の悪化を可能な限り早く発見するようにします。
心不全
心不全は、心不全の原因となった病気の治療に血液を固まりにくくする抗凝固剤などの薬を使っていない限り、心不全自体がインプラント治療上のリスクとなることはありません。
心臓弁膜症
心臓弁膜症は、内科できちんとコントロールができていれば、インプラント手術時の注意点は感染性心内膜炎の予防やストレスの軽減などです。
手術中に心不全や不整脈が現れた場合は、手術は中止してそちらの対応に移ります。
心房細動
心房細動は、心不全を起こさない限り、インプラント治療上のリスクにはなりにくいです。
ペースメーカー
ペースメーカーが順調に動いているなら、インプラント手術時、心臓に関しては安全性が高いです。
もし、電気メスを使用するなら、ペースメーカーへの電気干渉を防ぐため、確実にアースを取る必要があります。
心電図や心拍数、血圧などは手術中、モニターして確認します。
ペースメーカーの動きがよくない場合は、インプラント手術は延期します。
インプラント治療でのリスク評価
心臓疾患の中でも高リスクに分類されるのが、虚血性心疾患です。
虚血性心疾患の方のインプラント治療上のリスク評価を解説します。
急性冠症候群
虚血性心疾患の中でも重症度が高いのは、急性冠症候群という状態です。
急性冠症候群とは、不安定狭心症や最近発症した新しい心筋梗塞などを指す病態です。
最近起こった息切れ、胸の痛み、動悸、または2ヶ月以内の心筋梗塞が当てはまります。
急性冠症候群の方は、インプラント治療は延期となります。
急性冠症候群以外の虚血性心疾患
急性冠症候群に当てはまらない虚血性心疾患の方は、血圧や心拍数、心電図などのモニター下でインプラント治療で行われます。
このとき、用いられるのがNYHAの分類です。
NYHAの分類は、軽症からⅠ〜Ⅳ度に分類されている心疾患の分類評価表です。
局所麻酔薬の使用量がNYHA分類により制限されています。
Ⅰ度とⅡ度で2本まで、Ⅲ度で1本までとされています。
インプラント治療を行うのであれば、NYHAの分類でⅠ度までの方が局所麻酔薬2本まででできる範囲にとどめておく方が安心です。
まとめ
今回は、糖尿病や心臓疾患のある方がインプラント治療を受ける場合の注意点などを中心にお話ししました。
糖尿病や心臓疾患があるからといって、必ずしもインプラント治療が受けられないというわけではありません。
ですが、安全にインプラント手術を受けていただき、そしてインプラント治療を成功に導くには、糖尿病や心臓疾患が適切にコントロールできていることが求められます。